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泉芳朗タイトル

いずみ ほうろう
1905年~1959年。第2次世界大戦後の奄美祖国復帰運動に尽力し、復帰を勝ち取る。
詩人・教育者・政治家。徳之島伊仙町面縄出身。赤木名小学校教師(当時19歳)・古仁屋小学校教師・面縄小学校教師。名瀬市長。
第2次世界大戦に敗れ、沖縄とともにアメリカ領土となっていた奄美群島は当然のことながら本土との物流・交流は遮断されていた。それにより奄美群島は経済的に苦しい状況におかれていた。
そこで立ち上がったのが泉芳朗等有志であった。1951年(昭和26年)に日本復帰協議会を結成。激しい断食運動などを行った。 その運動の内容はインドのガンジーの精神を基に無暴力主義に貫かれ、大規模なものとなったが暴動などは起きなかったようで、粛々と行われていたと伝えられている。
そして1953年(昭和28年)12月25日、ついに奄美群島は祖国復帰を勝ち取った。

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